Petals in my glass.

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毎朝飲む、ジュースの上に花びらを散らした。そんな瑣末なことで、一日がしあわせな気持ちになれる。私はそのくらいに幸福だ。

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大好きな、ビーツのジュース。

いいことを考えた。私はジューサーを持っていなくて(ルワンダの時に持っていた高速ジューサーはむこうにおいてきてしまった)、ほんとうは機能のよい低速ジューサーを買いたいところなのだけれども、今は自分の持ち物を整理しているところなので、新しく何かを買うわけにはいかない。

だから。

ブレンダーでスムージーを作ってから、手動で濾すのだ。これにはほんの少しだけこつがいる。私の持っているブレンダーは、省スペースのコンパクトなものだから、最初に水分がないと回らないので、オレンジやグレープフルーツの果汁を絞って、そのベースにする。そこに、小さく切った(この手間も省いてはならない)にんじんとビーツを(たっぷり)加えて、どろどろのスムージーにする。

それを丁寧に濾すのだ。

手間はかかるのだけれど、高速で搾汁するジューサーよりも、つめたい液体の中で撹拌して空気に触れないぶん、栄養の壊れ方も小さいのではないかと思う。それに水も加えないので、100%果物と野菜で、できている。お店で飲むコールドプレスジュースのように、ちゃんとさらさらとそれでいて、濃厚な味もする。今は、これでいい。

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ルワンダに住んでいたころ、ジュースを絞るのは毎朝の日課だった。

たっぷりのパイナップル(アナナス)と土のついたにんじん。市場で山と積まれて売られている新鮮なのを、毎週何キロも買って、毎朝絞る。

そうだ、思い出した。私はキガリの市場が好きだった。懐かしい思いがするのは、大切な思い出と繋がっているから。私には、姉さんがいる。ルワンダの姉さん。名前は、エヴァ、のママだから、ママ・エヴァ。ルワンダらしい、呼び名。

ママ・エヴァは、ヨーロッパからの中古のカーテンや寝具を扱うお店をやっている。キミロンコ、というキガリでいちばん大きな市場で。

ママ・エヴァとの出会いは偶然だった。何かで、私がちょっと困っていた時だった、そうしたら周りの人達が、英語のできる姉さんがいるよ、てママ・エヴァのところに連れていってくれた。それから、ママ・エヴァは私の姉さんだ。まだ、ルワンダについたばかりの頃の私に、いろんなことを教えてくれた。買い物の場所、上手で(しかも安い)仕立て屋さんのこと(市場ではたくさんの縫子さんが働いていて、その場で素敵なアフリカン・ファブリックを買い、ドレスに仕立ててもらえる。とても、たのしい)、そして、この国の習慣のこと、等々。「短いスカートはダメよ、太ももを露出していると娼婦に間違えられるから」「でもキャミソールはいいの。肩は出してもOK」なんて女性ならではの視点で。そして、ちょっと情勢が不穏なとき。行ってはいけない場所、気をつけたほうがいいこと。ここで生きていく上で、かけがえのない情報だ。

そして、さみしい時も、私は姉さんに会いにい行く。ママ・エヴァは、ちょっと樹みたいだ。でも、先月はずっと彼女のご主人の糖尿病の具合が悪くて、二人で一緒に祈った。幸い、今は少し良くなって、仕事にも復帰したそう。お互いにちょっと弱ったとき、悩みを話して、明るい解決を探しあう。カトリックのママ・エヴァは、いつも「神様がお決めになることだから、大丈夫。ちゃんと、あなたのために祈るから。」と言う。同じ神様を信仰しない私でも、じーんと胸があたたかくなる。祈る、という行為は、どんな宗教でも、尊くうつくしい。他人を思いやる気持ちの、あたたかいこと。

市場に行くと、いちばんにママ・エヴァに会いにゆく。ルワンダ式に3回のキスとハグをして、元気だった、とか他愛のない話をする。それだけで、満足だ。いつもそこにいてくれることに感謝する。

朝のジュースを飲んでいて、私はそんなことを思い出していた。

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