Eat what you love, love what you eat.

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私達の身体は、私達の食べたものでできている。
だとしたら、今の私の身体は、お肉やお魚やたまごやたっぷりの野菜でできているはず。

大人になってからの私は、時々、食べることで躓く。

全く食べられなくなったこともあるし、生の野菜だけになったり、甘いものだけをひたすらに食べ続けたり。

それは、頭や心で食べることを捉えすぎているからだと思う。だから、心が少しゆらゆらすると、食べることがうまくゆかなくなったり、健康雑誌を読み漁って、頑なにひとつの食べものだけを摂取したりする。

でも、子どもの時は、そうではなかった。

私は、わりと偏食なくもりもりとごはんを食べる子どもだった。
その一方で。
岡本かの子の小説に出てくるあのひどく偏った食癖の子どもの、食べるものに対する潔癖なほどの神経質さに、なにか高潔なものを感じていた。
私も、透き通った水晶の置ものを舐めて命が繋げるといいのに。

その子供には、実際、食事が苦痛だった。体内へ、色、香、味のある塊団かたまりを入れると、何か身がけがれるような気がした。空気のような喰べものは無いかと思う。腹が減るとえ は充分感じるのだが、うっかり喰べる気はしなかった。床の間の冷たく透き通った水晶の置きものに、舌を当てたり、頬をつけたりした。饑えぬいて、頭の中が 澄み切ったまま、だんだん、気が遠くなって行く。それが谷地の池水を距てて丘の後へ入りかける夕陽を眺めているときででもあると(湊の生れた家もこの辺の地勢に似た都会の一隅にあった。)子どもはこのままのめり倒れて死んでもかまわないとさえ思う。

-岡本かの子『鮨』

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そして。

動物の命を屠って、自分が食べるということに、いつも心が震えた。
牧場で毎日見かけたつぶらな瞳の牛たち。子ぶたの愛らしいピンク色。鶏の産む、あたたかなたまご。

その畏れを優しく拭い去ったのは、私の場合もやはり、母の作るあたたかな食事だった。
柔らかで甘いたまごの黄色、香ばしいぱりっと焼かれたお魚、ほろほろに煮こまれたお肉。
そんな食卓の明るく優しい憧憬は、今も私の心をぬくぬくと満たしてくれる。

菜食をやめて、最初に思い出したのも、子供の頃にママの作ってくれた、おいしくて栄養たっぷりの朝ごはんだった。

そうだ。
私の身体は、そういうしあわせな愛情に満ちた食事で養われてきたのだ。

アフリカに住んでいたころ、鶏を自分で絞めて料理していた。
手の中であたたかかった鶏が、食卓で湯気を上げる滋養溢れる料理になるまでの一部始終を、私は凝視して、自分の手で感じた。

命をもらって、自分の命を繋ぐこと。

そう思うと、お腹の底があたためられるような多幸感が湧いて、私は救われる。
私の作る料理や、家族で囲む食卓が、これまで私がしてもらってきたように、また何か幸福であたたかいものを育んでいけたらいい。

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